書く練習をしたかったのでとりあえず書いただけの文章。

崇拝している、教祖様と言っても良いのかもしれない、僕にとってアイドル(偶像)みたいな存在のFさんのライブに行った*1。ツアーでたまたま僕の住んでいる街に来られるのだが、なぜかこの街だけ、ワンマンじゃない。不満は残るが、飛ばされるよりはましだろう。どうせここの都会度はその程度だ。
僕は浮き浮きしていた。それはもう。例えれば聖地巡礼のようなものだ。朝と昼に食べたカレーは辛すぎて舌がヒリヒリしたし、学校で衆目のなか派手に転んでヒザに穴を開けてしまったけれど、そんなことに構っているゆとりなどなかった。開場してだいぶ経たないと客席なんて埋まらない。それは知っていたけれど、わざわざ開場前から並んで、すこしでも近くでお顔を拝見しようと、いつもの2階ソファ席を諦めて、1階スミの小ぶりなプラスチックの椅子に腰かける。フライヤーの中にアンケートが交じっていたのでびっしり埋めてやった。用意はばっちり、あとは待つのみ。
がしかし! なんてこった。だからなぜワンマンじゃないんだ。Hなんとかという男が一人、下品にやってくれた。僕の最も苦手とし、かつ毛嫌いし、蔑みさえする分野である。よりによって! Fさんの前に! ブッキングしたやつ誰だ出てこいや。歌も演奏も普通で、声がたいして良いわけでもなく、下品な歌をうたいつづける彼は、何がしたくて歌っているんだろう。僕の一つ空けて隣に座っていた女は、何が面白くて笑っていたんだろう。連れと来ているようだったのに。なんて堕落したやつらなんだ。いいかい、きみらがもし、Fさんの歌やMC(品が良い上に面白いんだぜ)を聞いて笑ったら、それはFさんに対する侮辱だよ。きみらのくせに笑わなかったところで、それもまた侮辱だけれどね。Hなんとかの歌を聞き流しながら、正視に堪えず、しかたなく影を見つめていた。照明のせいか、影は非常にくっきりしていた。しばらく見つめていると、しゅるり、影は男を飲みこんだ。心中では歓声、拍手、クラッカー、ファンファーレ。なんでも鳴らしちゃうよ。
パフォーマンスが終わって、やる気なさそうに拍手するフリをしながら、悪い妄想をしてしまった自分を呪った。
次のバンドJはわりと好みだった。下品でもなかったし。1つ上の学生さんたちのバンドらしく、道理で、客席に美大っぽい人たちが多かったわけだ。ベースの男の目がギョロっとしていて、今にも飛び出してきそうでこわかった。ギターが弦を切ってもたもたしたため、だいぶ時間を食った。ドラムは特徴のない女の人だった。ボーカルの人は雪が似合いそうな壁みたいな人だった。彼らの曲にも、雪が似合うと思った。アニメかなにかに出てきそうな、まるくてほつほつと降るような雪が。
そしてFさん! Fさん!! 僕にとって、彼は人間じゃない。彼が僕たちと同じ生き物なわけない。お顔を拝見できるだけで、ぺっぺは感激でございます! かと言って神のような存在ではなくて、とても精巧で綺麗にできているニンギョウが動いているような感覚。陶器のような肌、それを際立たせる落ち着いた色のおようふく、うつくしい指、そして、お高くとまった表情と態度。歌詞をど忘れされたようで、同じ歌を3回もお歌いになったけれど、それでも彼の輝きはちっともくすみなどしない*2。彼はいつもすばらしいパフォーマンスをするので、彼のライブに対して「良かった」というのは失礼なのではないかと思う。しかし彼のライブは良い。そうとしか言いようがないのだ。良い。何かの調子が悪くても、かならず他の何かで覆いくるまれて、けっきょく良いものになる。だから僕はきっと、何度もなんども、彼のライブに足を運ぶのだろう。ところで彼はライブ後の打上げとかそういう俗っぽいことに顔を出すのだろうか。
こんなにずっと大好きなFさんのライブの後なのに、僕は帰りの地下鉄でずっと、切らしてしまったミルクのことを考えていた。明日の朝食にカフェオレは並ばない。よいものに触れても、余韻や感じ取ったものはすぐに目の前のことにかき消される。僕はしょせんその程度の人間でしかない。この日のライブだって大方のことは憶えていなくて、ぼんやりとした記憶とはっきりとした苛立ちを頼りにあることないことむにゃむにゃ。

*1:もっとも、諸事情により、あくまで「言っても良い」に留まったまま

*2:僕はその歌詞を知っていたが、彼のパフォーマンス中に僕が声を挟むことは、とても憚られた。しかし今でも「誰か知ってる?」という彼の言葉に応じられなかったのは、惜しかったと感じている